実験室「め」

救急看護師を辞めてフォトジャーナリストへ。自分を生きてみたら何が起きるか実験中

見える物で人とのつながりを確認していた

アメリカに行った時にインディアンのおじいちゃんに会いました。

トニーという、インディアンに伝わる伝説を次の世代へつないでいく
語り部さんだったんですね。
 
 
 
トニー
「来週、ある話をしてあげるよ。その前に君にこれをあげよう」
 
と、小さ〜いかわいらしいオレンジ色の琥珀みたいな石をくれました。
 
 
「僕たちの中ではね、石をわたすのは一生友達の証なんだ」
 
と、しわくちゃの顔がもっとくちゃってなつくらい微笑んで、
トニーさんは帰って行きました。
 
 
私は、その気持ちがとても嬉しかったです。
 
 
 
 
 
で、次の日その石をソッコーなくしました。瀑
 
 
 
あれ……ないいいいいいいい!!!!!!!!涙
どこにもない!!
この石ずっと大切にしようと思ったのになんでない
のおおおお!!????涙
 
 
と、私はとても落ち込みました。。。
トニーさんの気持ちを落っことしたみたいで…。
日本に帰ってもこの石を見るたびに、トニーさんを
強く思い出したりできるんじゃないかって。
 
ず〜〜〜んとその日悲しくて重い気持ちになりました。
 
 
 
 
しばらくして、トニーさんがトコトコやってきました。
 
私は
「トニーさんごめんなさい。せっかくもらった石なくして
しまってん…。」
 
この世の終わりくらいの悲しそうな顔で言ったみたいです…笑
 
 
 
 
そしたらトニーさんは、きょとんとして、次に
がっはっはっはーーー!!て笑いました。
 
 
「なーんだそんなことか!!その石は今めぐみの手元にないけど、
地球にはあるだろ!なくしたくらいで僕たちの友情はなくならないよ!!」
 
 
と、なんてことない顔で吹き飛ばされました。
 
 
私は、物という物質に人からの愛を閉じ込めて
依存していたんじゃないかと思いました。
この物があるから安心する。一種のバロメーターみたいなもの
だったんじゃないかなあと思ってたんです。

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私は自分に自身がなく、人に愛されているという自身もずっとなくて、
誰かがくれた物がその人の想いが入った形だと思っていました。
 
だから、その物があるから安心する。愛されている一種の確認
だと無意識に思っていたことに気づきました。
 
 
自分の誕生日もめちゃくちゃ嫌いで、
祝われた量?が一年の自分がどれだけ大事にされ愛されていたかを量る
試験みたいな…笑 
誕生日に近づくと制裁くらうみたいで憂鬱という…。
 
めっちゃたいへんやったなあと今では思う!!
が、物がなくても人の気持ちはそこにあったんです。
 
 
もちろん、自分を想って選んでくれた物だから、
想いはつまってるんですよ。
でもフォーカスするのは物ではなかった。
 
 
トニーさんにもらった石は日本に一緒につれて帰れなかったけど、
地球のどこかにあって、
石がなくても、というかむしろ石がない方が
トニーさんをよく想いだして元気かな〜なんて考えています。
 
きっとトニーさんも、石をなくされたところでなんとも思っていなくて、今は私のこと想ってくれてるって自信をもっていえます。
^^

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