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実験室「め」

救急看護師を辞めてフォトジャーナリストへ。自分を生きてみたら何が起きるか実験中

えろうすんまへん!自信のなさは謙虚か傲慢か

自分に自信がないってず〜〜〜っと思っていました。
自分なんか…って思うこともしばしば。めっちゃ葛藤していました。
 
 
自分なんかまだまだ。
自分なんか全然。
自分なんか生きててもなあ…。
自分なんか未熟者だしなあ…。
自分なんか
自分なんか
 
うじうじうじうじうじうじうじうじうじうじ
うじ虫野郎★

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考えれば考えるほと、どツボにはまり、「自分なんか○○探し」をしてしまいます。
 
 
 
でもそれって、無意識にさ自分を蹴り飛ばし続けているようなものやんね?
なんか知らんけど身体アザあるのは何で?って思いながらもず〜っと自分を蹴り続けてる。
 
 
 
これって自分の命への冒涜…??なんて思いました。
 
「自分なんか」って思っていた方が、前に進みにくいし、傷つかないし、安全地帯に居続けることを選択していることなんじゃないか。
 
 
アメリカに行った時、
ネイティブアメリカンの皆に、
 
生きているだけてすべてと繋がりただそこにある命の大切さということを教えてもらったのに
あ…!忘れてしまっていた。。と思いました。
 
 
インディアンの独立解放運動のリーダー、デニスバンクスに
 
デ「めぐみ。若い世代のリーダーになりなさい」
 
め「私には自信がないです。なれる気もしません」
 
 
デ「自信がないのはなぜ?」
 
め「わかりません…」
 
 
 
私はリーダーになる気もないし、こんな自分には到底なれないと思っていました。
デニスの瞳は深く私を見つめ何か言葉ではないものを私に送る。
リーダーとは上に立つのではない。皆を想うことなんじゃないかと感じました。
 
 
今は、私が見てきたこと、感動したことを共有できる存在でただあればいいと思いました。
背伸びすることなく、ただありのままを。
 
 
そして、
 
 
自信のなさと謙虚は少し違うのではないかと思うようになりました。
 
今までは、こんな未熟な自分なんかって思ってたんですけど
 
これからは、
 
 
こんな未熟な自分なんですけど精一杯等身大で表現させてください。ほんまこんな奴でえろうすんまへん!!!!!!!!
 
 
っていうほうが清々しいのかもしれないって思いました。
自分をなめくさる方がどんだけ腹黒く傲慢かと(T▽T)
自分の命をなめんなよ!と。
 
 
「自分なんか」の癖がまだいっぱい残っている部分もあって、ひょこっと出てきたり引っ込んだりしながらだと思いますが、ちょこちょことホフクゼンシンで「自分なんか」から「自分でも」にシフトしていけたらなあなんて思います^^
 
 
 

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